もちろんいつの時代でも市場の底をかするような安い製品を出す会社はあります。
・・・しかし当時好調の小さな会社を統合して大きな自動車コングロマリットを作る道が開けていました。
デュラントはそのような産業帝国を創り出そうとしていました。
1910年、彼はすでにウォール街での財政支持体制を整え、ミシガンのフリントに製造工場を作ってその目標の達成をはかっていました。
もしフォードがGMの例にならって値上げをしていたら、自動車産業の歴史は、少なくともしばらくの間はこのデュラントの目指すコースをたどっていたかもしれません。
しかしビュイックにならって値上げをするかわりに、フォードは5分の1近く引下げて780ドルにしました。
もしフォードが大きく販売を拡張するかあるいは生産費を落としたとしても、収支はとんとんの価格でした。
このような自己充足的な価格というのは、企業家の持つレパートリーのなかでは伝統的な戦略です。
製品が一つ売れるごとに損をしている会社も確かに量によってそれを埋め合わせることができます。
それは資本主義の基本的な法則であり、ほとんどの企業が体験していることでしょう。
要するに、フォードはその時のコストあるいは販売量を基準にして価格を設定したのではなく・・・
もしそこまで値下げをすれば可能になると見込まれるより低いコストと、さらに増加を見込まれる販売量を基準に決めたのです。